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アニメーションデレクター 西澤 晋    
プロフィール
1962年7月生まれ。
打穴小学校・加美中学校・津山高校・近畿大学理工学部(中退)を経てアニメーターになる。
主な活動:
『スペース・コブラ』『キャッツアイ』などで動画。『ルパン三世』『ガンダムF91』などで原画。
『ふしぎ遊技』『DTエイトロン』などで演出。
『マップス』(ビデオ)『め組の大吾』(ビデオ)で監督。
『ヒカルの碁』(テレビアニメ)で監督、演出、絵コンテ。

西澤さんへのMAILはこちら

紹介・作品・コラム

西澤さんの自己紹介・思想
<西澤の基本思考1:力の肯定>
<9点の思い出>
<基本思考2:目指す方向性>
<7月9日生まれ、蟹座>
<『地球進化論』>
<続『地球進化論』>

作品
<作品>

西澤さんからのメール
2002.12.9
2003.1.1

コラム
チョット良い映画み〜つけた

記事や絵などは、中央町ホームページぺのために西澤さんからいただいたものです。


インタビュー

今、ちまたでは老若男女問わず“囲碁ブーム”が起こっています。このブームの火付け役となったのが【週刊 少年ジャンプ】に連載中の『ヒカルの碁』だと言われています。
この人気に後押しされて、10月10日(水)7:27からテレビせとうちでのテレビ放送がスタートしましたが、その監督を務めているのが中央町打穴西出身の西澤 晋さん(東京都在住)です。そこで、取材を申し込んだところ、メールで質問に答えてくれます。

Q1.アニメの監督とは、どんなお仕事ですか?

A.まず、「アニメ」と「漫画」の違いから。漫画は物語を絵で表現し、雑誌に載っているもの。
漫画家はそれを描いている人。アニメはその放送権を局なり、スポンサー、アニメ会社が買って、テレビやビデオベースで商品化したもの。
そのアニメを作るにあたってプロデューサーが用意した人材(脚本家・演出家・アニメーター・声優・・他)や場所(作画スタジオなどの各スタジオ)や物(文房具品・資料など)を使ってアニメを完成させるために指揮する人が監督です。
今回は監督ですが、「西澤個人は何ものか」と問われればアニメーターと答える。アニメーターとはアニメを作る際に、作画をする人で、簡単に言えば絵に動きを作るまでが仕事です。

Q2.アニメの仕事をするようになった経緯やきっかけ

A.中学校の時には「アニメーターになるっ!」て卒業文集に宣言していました。もうやるしかないですよね。「アニメーターになった人はこれだけ描いていた・・」って記事を読んで「そうか、それだけやれば自分も成れるのか」と思い当時全話数を録音した『宇宙戦艦ヤマト』のテープを聞きながらノートに漫画化していき、高校3年間でなんとか最終回までいきました。今の自分があるのはあの5冊のノートがあったからだと思います。その後、大学に進学したものの燃えない時間が過ぎていき「これではいかん、俺の人生こんなものなのか?たった一度の人生これでいいのか?」と思いアニメの専門学校への進路変更を考え始めた時、アニメ会社のアニメーター募集に応募し合格。そして現在に至る。

Q3.ふるさと中央町に何かメッセージを。

A.津高に行っていた時、先生から「津山線で来る子には個性的なんが多い」と話をきいたことがあります。どうもそういう土地柄らしい。とにかく好きなことをやり続けることですね。それだけ。
 私は25歳のとき、4分の1世紀生きてきた記念に何かやろうと思い、東京の高円寺近くのアパートから、実家(打穴西)まで歩いて帰ったことがあります。普通不可能だと思うけど、でもよくよく考えてみると道は繋がっているのです。やる気さえあれば出来ない事じゃないのです。右足を50センチ前に出してやる。今度はその右足に重心をのせて、左足を50センチ前方に出してやる。その足に重心をのせまた、右足を50センチ前に出してやる。この動作を1分繰り返すと100メートル進み、10分繰り返すと1キロ、50分で5キロ、10分休憩を入れたとして、また50分歩く。その繰り返しを午前中3セット、午後3セットすればもう30キロ進む。10日やればもう静岡、20日で大阪・・それほど大変じゃない。と思ったら大変だった。もうはじめの1週間は身体が慣れなくて、かかとは痛いは足の裏は水脹れになるは・・・それが内出血して小田原病院に行きました。でも何だかんだ言っても34日かかってやっと帰還。なかなか楽しい思い出でした。

 結果を出すってことはそうゆうこと。目標を持ち、そこへ辿り着くビジョンをしっかりイメージし、それを実行していく。そうしたら目的なんていつの間にか成し遂げているもの。


絵は西澤さんが描いた「ヒカルの碁」のキャラクター。上からヒカル、佐為、アキラ。
この内容は、町の生涯学習「あゆみ」平成13年10月号からです。