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神坂 智子
「ただ遊べ!ひたすら遊んで、それから勉強しよう。」神坂智子

![]() 昼食時の訪問先で!左から3人目が著者:テヘランにて |
私は中央町でも、端っこの西幸(さいこう)で生まれ,小原と言う所で育ちました。18歳までを中央町で過ごし,大阪経由で現在東京に住んでいます。学校は加美小学校と旧加美中学校(現中央中学校)に通いましたが、その頃は小学校は一学年二クラス・中学校は四クラスありました。中学時代はちょうど新校舎を建築中で体育館が無く、真夏の暑い運動場でバスケの部活をこなしたことを思い出します。地区予選で試合に行くと加美中の部員だけが真っ黒に日焼けしていて、目立ちました。そんなに強いチームではなかったけれど楽しい三年間でした。 |
| 漫画を書こうと思ったのは小学生の頃からで、自分の進路は決めていました。当時「水野英子」先生の描かれる作品に夢中で、バス停のあった畝木書店の店頭で小遣いを持たない私は、おじさんの目を気にしながらずっと立ち読みを三年間通しました。「おじさん ごめんなさい。!!」現在でも時々思い出して申し訳なく思うのですが、その立ち読みがあったればこそ、今の私があるのかもしれません。 東京へ出る資金を大阪で就職して貯め、20歳で上京しました。「東京はすごいところじゃー」と感動いたしました。 小学館の少女コミック漫画賞に入選したきっかけで、本格的に活動をはじめ、そろそろ30年近くになります。 漫画を描きだしてうれしかったことは、あこがれていた「水野先生」とお話ができるようになったことで、ただただ漫画を描いているだけで満足しています。あまり野心はありません。 |
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自宅にて! |
中央町の子供たちへ 「ただ遊べ!」ひたすら遊んで、それから勉強しよう。やりたい事も全部やれ!とにかく犯罪以外は何でも徹底的にやればいい。そこから自分が見えてくる。 故郷へは、その宝物のような山や川を大切にして欲しい。東京では夜空の天の川を知っている子供は少なくて、月の明かりで影ができると言うと笑われます。こんな情景が、今でも中央町に残っているなら本当に大切な宝物です。 |
神坂さんの原画 |
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| 1980年代 白泉社シルクロードシリーズの執筆で一躍有名になられ、そのフアンは全国に大勢おられます。最近は小学館「紅がら格子の家」シリーズ・潮出版社「カラモランの大空」を連載し、また双葉社ミステリーJourにも度々掲載され活躍されています。 編集者 h.k |