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HARUMI HONDA 
              本田 晴美

「まち(中央町)の子どもは、素直でやさしい心をもっていてほしい」本田

イメージ  僕は、生まれてから高校3年生まで打穴西(うたのにし)にいてね。中央町って田舎だから、子供時代は自然の中で遊んでいたな。本当、田舎の子どもがする遊びで、川で泳いでは、岩の下にいる魚を捕まえたり、山に登っては、野生の果物や木の実を食べたり・・・・、夏にはクワガタムシやカブトムシを取りに行ったな!。今の子は、クワガタムシやカブトムシをペット屋に買いに行くそうだけど。小学校は、同学年の子どもが少なくて15人しかいなかったから、クラス替えはなかった。僕は、そう騒がんほうなんじゃけど、何か騒ぐチームに入ったな。僕のことを詳しく知らない人から「本田君はよう騒ぎよったよな」って言われるんじゃけど、自分では、そんなつもりはなかったね。単に騒いどるチームの後におっただけじゃと思う。
 競輪選手になったきっかけは、玉野競輪場で中野浩一さんのレースを観たからかな。義理のお兄さんが競輪好きだったから、玉野に連れて行ってもらったんじゃけど、その時に競輪選手の賞金を聞いて、「こんなによい商売があるのかぁ」と思ったな。それで、競輪学校に進学したんだ。研修生の時、毎日朝6時半に起床して、トレーニングや勉強をして、夜の10時に消灯という決まった生活が辛かった。初めて優勝したのは、競輪選手になった1983年の9月、豊橋競輪場のレースだったかな。競輪選手にとっての「優勝」は、トーナメントで勝ちあがって最終日の決勝戦で勝ったら、優勝。一般の人が使う意味とは違うでしょ?
 中央町に帰ることは、年に2〜3回の墓参りの時ぐらいじゃろうな。玉野での練習がずっと忙しいから、ほとんど帰らんもんな。中央町には、昔も今も縁の多い田舎であってほしいね。最近、都会の若い子、しかも小学生までが犯罪を犯すような時代になったでしょう。中央町の子どもたちは、そんなことはないと思うんだけど、素朴でやさしい心を持った、都会ずれしていない子でいてほしいね。まあ、田舎だし大丈夫だと思うんだけど。
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世界大会入賞暦:1987年世界選手権オーストリア大会優勝
1988年世界選手権オーストリア大会第5位、ヨーロッパ選手権ノルウェー大会第2位、1989年ヨーロッパ選手権ベルギー大会第2位、1995年ワールドカップオーストリア大会第3位